あるマスコミ記者の日記。
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批判は、押し付けや、無理強いをするために行うものではありません。
相手を納得させ、自律的に変化を求めるために行うべきものだと私は考えます。
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私(ブログ担当:寺西)がつい最近やり取りさせていただいた、とあるマスコミ記者の日記を引用させていただきました。
「自殺の連鎖」
最近のマスコミの記事の多さを見れば「あぁ…」と思う方がほとんどでしょう。
実は私、大分前に、知人の娘さんが若くして自殺で命を落としているのを目の当たりにしております。
地方での出来事でしたから、そのときのマスコミ報道は、ひっそりと新聞の片隅に、事実のみが簡単に掲載されただけでした。
そのときのマスコミの取り上げ方を知っているだけに、最近の「自殺」という事実の、本当に地方で起きたようなことでも、大きな取り上げられ方をしている雰囲気に、「あおりすぎ」のような感を受けました。
「あおりすぎ」と感じている方のほとんどは、そのことにより、また幼い子どもの自殺を誘発するのでは、と危惧し、怒りもこみ上げてきた方もいらっしゃるかと思います。
かくなる私も、怒りを覚えた一人でした。
愚痴のように、私がプライベートで綴っている日記(ブログですね)に書き連ねました。
自殺、自殺、って騒ぎすぎだと。許せない、と。
マスコミの記者の方はその日記を読み、今日の一言のような一文を含む長いコメントを寄せてくれました。
はっ、としました。
彼のコメントにはこうあります。
報道機関は一方的です。
しかし、それを利用する人たちの声も、一方的です。
いじめを訴える子どもたちの手紙も、やはり一方的です。
自殺に至っては…。
そして最後に。
報道機関が、人の命を奪うことの無い。
利用者が、報道機関の使命を奪うことの無い。
私は、そんな社会があれば、と思います。
誰もが幸せを感じる社会は、相手の思いを汲み取ろうと努力し、「一方的」な事柄を発生させないよう、社会の構成員みんなが分かり合えている社会なのかもしれませんね。
教育産業で働く自分も、もっともっと、相手の状況を察しなければ。
それが自分の幸せにきっとつながる。
そう思ったやり取りでした。