吉川英治


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我以外皆我師
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吉川英治は作家。「新平家物語」「三国志」などで有名。この言葉は「宮本武蔵」の中で出てくる名言。


事の良し悪し、出来不出来、センスがいいかセンスが悪いか…そのようなことを判断するのは「自分」でしかありません。
つまり、どんなときでも、判断する際の価値基準は「自分の感覚」であり、それまで自分が培ってきた人生経験、および背景が影響するわけです。


誤解を恐れずに申し上げれば…たとえ「その感覚は変だよ」と思う事柄であっても、「その感覚」に今までその人が出会ったことがない感覚であれば「変」なわけですし、その「変」であることが他の多くの人には「普通」かもしれないわけです。
この立場に立てば、「視野が狭い人は、視野を広げよう、と(感情的な)努力をしない限り、視野が広まらない」ともいえます。
だって絶対、「自分の視野がすべて」と思っているわけですし、そのような人こそ、「視野が狭い人」の定義になるわけですから。。。


自分に卑屈になる必要はありません。自分のことが大好きで、自分がすべて、と思っていてもいいでしょう。
ただ、それは「内心」で思っていればいいこと。
他者との関わりで生きる「社会」の中では、「自分が絶対」ではない、という感覚、常に忘れない方が、どんどん視野が広まります。


そこで、今回の名言。
この言葉を取り上げると「吉川英治氏って謙虚な姿勢をもっていらっしゃったんだなあ…」と思う人が多いかもしれませんし、実際そうだと思います。
そこまで謙虚になかなかなれない、そう感じるかもしれません。


では、見方を変えましょう。
「自分の視野を広めるために」この言葉があるとしたら…?
あくまでも「自分のために」この言葉を捉えたら…?


たとえば。
「自分の考えが正しい!」と思っている考え方に「絶対違う!」という意見が現れたとき。。。
その意見を師匠と思ってみましょう。
「そういう考え方があるんだ。なんでそう考えるんだろう」から入ってみましょう。
今までその考え方に出会ってなかっただけかもしれませんし。


そこで今まで「正しい」と思っていたことが覆るかもしれません。
視野が広がるかもしれません。
視野が広がれば、今までにない楽しさを感じられる自分ができるかもしれません。



決して自分の殻が小さいままでいないでくださいね。