優柔不断のススメ


こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。


私がいろいろと大きな影響を受けてきた東京大学教授、妹尾堅一郎先生は、キャリアについて語る時、よく次のようなことをおっしゃいます。

「若いうちに早々と人生のゴールを決めていいのは、メジャーリーグに行った松坂投手と、歌手の宇多田ヒカルだけだよ」

もちろん、松坂以外にも、先日のメジャーリーグオールスター戦でMVPを獲得したイチローもそうですし、歌手であれば、音楽に専念するため高校を中退したものの、あっという間にメジャーデビューを果たし、最新アルバム「Can't Buy My Love」も大ヒット中の「YUI」なども含まれるでしょう。


こうした人たちは生まれながらにしてスポーツや音楽の才能があり、若いうちからその将来性がはっきりしていた人々です。ですから、イチローのように、小学生の頃にプロ野球選手になることを決め、それ以外の道を考えなかったとしてもおかしくありません。


ただ、これらの、いわゆる「天才」と呼ばれる人たちはほんの一握りです。残りの大多数の人たちは、将来何をやりたいのか、何が向いているのかよくわかりませんし、確信も持てません。私自身も30歳過ぎまで、自分のやりたいことがよくわからないまま歳を重ねていました。


でも、それでいいのです。あなたが、小さいころからはっきりとわかる特殊な才能を持っていないのなら、自分が何をやりたいのかを焦って決める必要はありません。自分が何をやりたいのか、何が向いているのかは、ある程度試行錯誤をし、経験を積まないと見えてこないものだからです。




キャリアデザインでは、基本的にまず「自分のやりたいこと」(例えば、10年後の目標や理想像)を明確化するところから始めます。確かに、将来の目標は明確な方がいいです。しかし、どうしても明確化できないのなら、無理に決める必要はありません。むしろ、無理に決めるのは良くないと思います。


なぜなら、例えば私は「○○になりたい」と決めた瞬間に、他の仕事・職業の選択肢を切り捨ててしまうことになるわけです。心からその職業に就きたいと願い、適性もあると確信が持てるのならOKですが、もし、その職業に対する適性がないことが途中でわかったり、何らかの事情で願いが叶わなかったらどうしますか。もはや他の選択肢が考えられず、途方にくれてしまうことでしょう。


ですから、「優柔不断のススメ」です。


やりたいことがはっきりしないうちは、将来の進路を無理に一本化しない。「これしかない」と思い込みすぎない。いろんな可能性を考えて積極的に迷い、悩んでみる。もし、将来の目標を置くにしても「仮決め」でOKです。ただし、何をやりたいかわからないからといって、今の仕事に手を抜いたり、家に引きこもるのではダメです。目の前の仕事にベストを尽くす。そして、アンテナを高く張り、自分の関心の持てることにともかくも実際トライしてみる。前述したように、自分が何をやりたいのか、何が向いているのかは、自分で体験してみなければわからないからです。


実は、世の中で成功者と呼ばれる人たちの歩んできた道を聞くと、将来やりたいことが明確だった人はそれほど多くありません。自分が何をやりたいのかはよくわからないけれども、とりあえずその時々に自分の関心を引いたことにあれこれ手を出し、しばしば失敗しながら、少しずつ自分のやりたいことが見えてきたと語る人が多いのです。ただ、彼らに共通しているのは、その時々の仕事を通じて自分の能力を高め、可能性を広げてきたこと、また、様々な人との出会いを大切にしてきていることを忘れてはいけません。




実は、「優柔不断のススメ」は、2年ほど前、世界的に知られたキャリア研究の権威、米スタンフォード大学教授、ジョン・クランボルツ先生の講演で聞いた言葉です。私は、キャリアデザインにおいて、「優柔不断であること」を勧めるというのはすごいなと驚いたものです。


もちろん、これは日本語訳であって、原語は「OPENMIND」でした。日本語の「優柔不断」にはやや否定的なニュアンスがありますから「OPENMIND」という原語の方が、今回の拙文の主旨にはより適切かもしれません。


「OPENMIND」の意味を私なりに解釈すると、「世界に自分を開き、さまざまな可能性を探る生き方」のことだと考えているからです。


(キャリア・アドバイザー 松尾順)